大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和44年(行ウ)25号 判決

原告 医療法人 積愛会

被告 保土ケ谷税務署長

訴訟代理人 小川英長 外五名

主文

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告)

一、被告が昭和四四年五月三一日付で原告に対してなした原告の昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度の法人税に関する更正処分(「法人税額等の更正通知書」保法法特更第六九号)並びに原告の昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの事業年度の法人税に関する更正及び加算税賦課決定処分(「法人税額の更正通知書および加算税賦課決定通知書」保法法特更第七〇号)はいずれも取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因及び原告の主張

一、被告(昭和四三年一二月二六日付大蔵省令第六一号により昭和四四年一月二九日戸塚税務署長から保士ケ谷税務署長に名称変更)は昭和四三年一二月二七日付で、原告の昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度(以下「昭和四一事業年度」という。)の法人税確定申告に対する更正処分並びに原告の昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までの事業年度(以下、「昭和四二事業年度」という。)の法人税確定申告に対する更正及び加算税賦課決定処分(以下いずれも「第一次更正処分」という。)をなし、いずれも「法人税額等の更正通知書および加算税の賦課決定通知書」(昭和四一事業年度につき戸法法特更第四二六号、昭和四二事業年度につき同第四六〇号)をもつて原告に対し通知した。

二、その後被告は、昭和四四年五月三一日付で、右二事業年度の法人税等に関する第一次更正処分をいずれも取消す旨の再更正処分(以下いずれも「第二次更正処分」という。)をなし、いずれも「法人税額等の更正通知書」(昭和四一事業年度につき保法法特更第六七号、昭和四二事業年度につき同第六八号)をもつて原告に対し通知し、同日付でさらに昭和四一事業年度の法人税に関する再々更正処分並びに昭和四二事業年度の法人税に関する再々更正及び加算税賦課決定処分(以下いずれも「第三次更正処分」という。)をなし、原告に対し昭和四一年事業年度分については「法人税額等の更正通知書」(前同六九号)昭和四二事業年度分については「法人税等の更正通知書および加算税の賦課決定通知書」(前同七〇号)をもつて通知した。

三、右第三次更正処分は、昭和四一事業年度については、その税額及び更正理由とも第一次更正処分と同一であり、昭和四二事業年度については、税額に変更があるが、更正理由は第一次更正処分と同一である

四、なお原告は、被告のなした前記各第一次更正処分の取消しを求めて、昭和四四年五月一〇日横浜地方裁判所に訴を提起したが(同庁昭和四四年(行ウ)第八号事件)、右訴が同裁判所に係属中に前記のとおり被告が昭和四四年五月三一日付で右各第一次更正処分につき、いずれもこれを取消す旨の各第二次更正処分をなしたため、昭和四四年一〇月二四日同裁判所において、右訴は取消しを求める法律上の利益を有しないとの理由で却下された。

五、被告のなした昭和四一事業年度及び昭和四二事業年度の法人税に関する各第三次更正処分は、いずれも左記のいずれかの理由により違法であるから、その取消しを求める。

すなわち、

(一)  (各第三次更正処分の不可変更性違背)

行政行為をなすにあたつては、法的安定を乱し、一般国民の信頼を破つてはならないのであつて、特別の事情がないにもかかわらず、一度適法になされた行政行為と直接矛盾する行政行為をなすことは行政行為の不可変更性に反し許されない。

被告による昭和四一年事業年度及び昭和四二事業年度の法人税に関する各第三次更正処分は、各第二次更正処分によつて各第一次更正処分が取消されたのち何ら事情の変更がないにもかかわらず、なされたものであり、かつ、いずれも各第一次更正処分と同一内容であつて先になされた各第二次更正処分の取消しの効果と直接矛盾するものであるから、いずれも行政行為の不可変更性に反し許されない。

(二)  (各第三次更正処分の処分要件の欠缺による不適法)

被告は原告の昭和四一事業年度及び昭和四二事業年度の法人税に関して、いずれも各第二次更正処分によつて、各第一次更正処分を全面的に取消したうえ、再度、各第三次更正処分をなしている。(但し昭和四二事業年度分は税率の変更がある。)

昭和四一事業年度分については、第三次更正処分と第一次更正処分とは全く異なるところがないから、第一次更正処分に第二、第三の更正処分を重ねる心要はなく、又、昭和四二事業年度についても、第一次更正処分の瑕疵(税率の誤り)を補正するためであれば、単一の更正処分によつて補正すれば足り、ことさら第二、第三の更正を重ねる必要はなく、いずれの第三次更正も法律上の要件を欠く不適法な更正処分である。

(三)  (更正権の制限)

行政処分の取消しにより国民の既得の権利ないし利益を剥奪する結果となる場合には、かような既存の法律秩序を破壊してもなおその取消しを必要とするほどの重大な瑕疵の存するときに限りその処分を取消しうると解すべきであるが、右の取消権の制限の法理は更正処分についても妥当する。

本件において、被告が前記各第二次更正処分で一旦各第一次更正処分を取消し、原告の確定申告の内容のとおり法人税の納付議務を確定する事態を招来しながら、直ちに同日付の各第三次更正処分をもつて、確定申告額を上廻る各第一次更正処分と同一の所得金額等(但し昭和四二年事業年度は税額の変更がある。)の確認をすることは、原告の既存の権利ないし利益を剥奪するものであり、他方において本件の場合は既存の法律秩序を破壊してもなお各第三次更正処分を是認しなければならないほどの重大な瑕疵は存在しない。したがつて本件の各第三次更正処分は更正権の制限を越えてなされたものであり許されない。このことは一事不再理、禁反言の原則に徴しても明らかである。

(四)  (更正権の乱用)

本件において各第三次更正処分の効力を是認することは、法的安定性を害し、いたずらに原告の利益をそこなうものである。

原告は各第一次更正処分の取消しを求める訴を提起したが、その訴訟の係属中に被告が各第一次更正処分を取消す旨の各第二次更正処分をなしたことによつて右訴は前記のとおり却下された。

しかし、被告が各第二次更正処分と同一日付で、各第三次更正処分をなしたため、原告はその取消しを求めるため再度取消しの審査請求及び本訴の提起をしなければならなかつた。

もし、かかる第三次更正処分の効力が是認されるならば、被告は右と同様の方法により本訴訟係属中に第四次更正処分(再々々更正)により、本件第三次更正処分を取消し、さらに第五次更正処分(再々々々更正)により第三次更正処分(したがつて第一次更正処分)と同一内容の処分を行い、その結果として、原告は本訴を却下され、又々第五次更正処分の取消しを求めて審査請求及び新訴の提起を余儀なくされることは必至である。

このように被告の気の赴くままに際限なく悪循環が繰り返されるならば、原告はいつまでも不安定な立場におかれ、もし疲れ切つた原告が不服の申立等の手続を怠るなどすれば、もはや、救済方法を失うことになりかねない。

したがつて本件第三次更正処分はまさに更正権の乱用であり許されないものである。

第三請求原因及び原告の主張に対する答弁並びに被告の主張

一、請求原因第一項、第二項は認める。

同第三項中、原告の昭和四二事業年度の法人税に関し、被告が税率を変更して計算した内容の更正処分をなしたことは認め、その余の事実は争う。

同第四項は認める。原告主張の判決は昭和四四年一一月一一日確定した。

同第五項の原告の主張の失当なこと後記三のとおりである。

二、前記二事業年度の法人税に関する各第三次更正処分はいずれも正当である。

(一)  右二事業年度の法人税に関する各第一次更正処分のうち昭和四一事業年度分については理由不備の瑕疵があり昭和四二事業年度分については税率の計算を誤まつた瑕疵があると認められたので被告は国税通則法第二六条の規定により昭和四四年五月三一日付の各第二次更正処分(再更正)で各第一次更正処分を取消すとともに、同日付でさらに前記瑕疵を是正した各第三次更正処分(再々更正)をなしたものである。

(二)  被告のなした各第三次更正処分の課税標準、法人税額等の確認は正当なものである。

三、原告は本件各第三次更正処分は行政行為の不可変更性を主張するが、一般に行政行為はその行政行為をした行政庁または差の監督行政庁の職権によつて取消したり撤回したりすることが可能であると解されており、更正、決定処分についても再更正等をなしうることは国税通則法第二六条に明記するところであり、本件第三次更正処分等に不可変更性の法理は適用されない。又、更正権の制限を越え、一事不再理、禁反言の原則に抵触する違法はなく、更正権の乱用にもあたらない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、被告が昭和四三年一二月二七日付で原告の昭和四一事業年度及び昭和四二事業年度の各法人税確定申告に対しそれぞれ第一次更正処分をなしたうえ、「法人税額等の更正通知書および加算税賦課決定通知書」をもつて原告に対して通知したこと、その後昭和四四年五月三一日付で、右の二事業年度法人税等に関する第一次更正処分をいずれも取消す旨の第二次更正処分(再更正)をなし「法人税額等の更正通知書」をもつて原告に対し通知したこと、さらに同日付で右二事業年度の法人税等に関する第三次更正処分(再々更正)をなし、昭和四一事業年度分につき「法人税額等の更正通知書」、昭和四二事業年度につき「法人税額等の更正通知書および加算税の賦課決定書」をもつて通知してきたが、昭和四二事業年度分の更正には、第一次更正処分における税率の誤まりが是正されていたこと、及び原告が昭和四四年五月一〇日横浜地方裁判所に対し第一次更正処分の取消しを求めて提起した訴は、訴訟係属中被告の第二次更正処分により第一次更正処分が取消されたため、同年一〇月二四日取消しを求める法律上の利益を有しないとの理由で却下されたことは当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、右判決は昭和四四年一一月一一日確定したことが認められる。

二、原告は本件各第三次更正処分はいずれも違法であるとして争うので以下順次判断する。

(一)  原告は本件各第三次更正処分は、行政行為の不可変更性に反し違法であると主張する。

一般に行政行為の不可変更性とは一旦成立しガ行政行為は行政庁が任意にこれを取消し変更しえない拘束を受けるという意味に理解されている観念である。更正処分またはその取消処分に右の意味における不可変更性はないとすべきである。けだし、更正処分はついていえば、一度なされた更正処分も「調税標準等又に税額等が過大又は過少であることを知つたときは」再度更正しうることは国税通則法第二六条に明定するところであり、しかも、本件においては各第一次更正処分は各第二次更正処分によつて取消され(右取消の有効なことは後に再説する。)、不可変更性を論ずる前提を欠いているのである。また、更正処分の取消処分(本件においては各第二次更正処分)についても、その行為の属性として不可変更性を認めなければならない合理的理由を見出し難く、むしろ公益の要求する場合にはこれを取消変更しうるものと解するのを相当とするから、原告の前記主張は失当である。(原告の右主張は結局一度なした更正処分を取消したうえ再度同一内容の更正処分をなしたことを理由として後行の更正処分の違法をいうものであり、これは更正の処分要件の有無あるいは更正権の制限ないし乱用の問題であつて、この点は次段において考察する。)

(二)  被告は本件各第三次更正処分は各第一次更正処分の瑕疵を補正するためになした適法なものであると主張し、原告はこれを争う。

よつて按ずるに、〈証拠省略〉によれば、昭和四一事業年度の法人税に関する第三次更正処分を第一次更正処分と比較すると、被告の確認した欠損金額はともに八二万九、八九三円であつて、同一であり又、更正の理由も第三次更正処分の理由記載がやや詳細正確である点を除き益金加算金額欄並びに益金減算金額欄の各項目、金額及び理由とも同一であること、昭和四一事業年度の法人税に関する第一次更正処分の理由は益金に加算する金額として「(1) 交際費否認一六〇万円-交際費勘定で支出された上記金額が相手方不明であり、領収証等の証拠書類がないので損金より除算する。(2) 手数料否認六四万四、八四〇円-土地買収の仲介手数料、測量手数料が損金に計上されているが、資本的支出と認められるので、除算する。(3) 公舎費否認五四万六、三七三円-公舎費の内容は理事長個人の住宅費と認められるので、除算し、理事長個人の報酬と認定する。」旨、益金より減算する金額として「役員報酬認容五四万六、三七三円-公舎費が報酬とされたことによる認容分である。」旨記載されていること、昭和四二事業年度の法人税に関する第三次更正処分を第一次更正処分と比較すると、被告の確認した所得金の更正額はともに二五六万〇、三五三円であつて、同一であり、又更正の理由も第三次更正処分の理由記載がやや詳細、正確である点を除き益金加算額欄並びに益金減算金額欄の各項目、金額及び理由とも同一であるが、法人税額は前者が七一万六、八〇〇円であるのに対し後者は五八万八、八〇〇円と減額され、過少申告加算額は前者が三万五、八〇〇円であるのに対し後者は二万九、四〇〇円と減額されていること、右法人税額の減額は原告が昭和四〇年三月三一日大蔵大臣より租税特別措置法第六七条の二第一項の適用について同法施行令第三九条の一五第一項に規定する要件をみたすものとして承認されており、各事業年度の所得については法人税法第六六条第一項又は第二項の規定にかかわらず一〇〇分の二三の税率により法人税を賦課されるべきところ、第一次更正処分において右計算方法をとらなかつたのを是正したものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。右認定事実によれば、昭和四一事業年度分の第一次更正処分の理由記載は被告主張の如く理由不備の瑕疵があるとは解しがたく、したがつて、昭和四一事業年度分の第三次更正処分は、かりに第二次更正処分(取消し)を介在させずに直接第一次更正処分に引きつづいてなされたとすれば、再更正処分としては(第一次更正処分と一体をなす訂正行為としての効力はともかく)国税通則法第二六条に規定する処分要件を欠く不適法なものと解しうるが、本件においては、第二次更正処分によつてすでに第一次更正処分が取消されているので、右取消処分が有効なものであれば、右第三次更正処分は、原告の確定申告に係る欠損金額を更正する処分として、何らその要件を欠くものでないことに帰着する。

そこで、右第二次更正処分について判断するに、この第二次更正処分は第一次更正処分の取消しを内容とするものであつて、本来かかる処分が再更正処分として許されるかどうか疑なしとしないが、取消し処分について現行法は何ら要式を定めていないから、更正通知書用紙を利用してなした取消し処分と解することができ、右取消し処分について他に重大かつ明白な瑕疵が存するとの点については何ら主張立証がないから、本件においては一応有効な処分として扱うべきである。

そうとすれば、右第三次更正処分には、第一次更正処分と同一内容の更正をくり返した違法はないといわざるをえない。

昭和四二事業年度分の第三次更正処分については、第一次更正処分で確認した法人税額及び過少申告加算税減額の目的でかつそのような内容を盛つてなされたものであることは前認定事実により明らかであるから、両処分を同一内容の処分であるとして第三次更正処分の違法をいう原告の主張は、その前提を欠き、失当とするほかない。

(三)  原告は一事不再理あるいは禁反言の原則を援用して本件各第三次更正処分は更正権の制限を越えてなされた違法があると主張する。

しかし、仮りに更正権に関して行政処分の取消し権の制限に対応する制限があるとしても、本件においては、原告の確定申告における実質的瑕疵の是正を放置してまで、原告のために保護すべき私法上の権利ないし利益があるとは解しえないから、原告の主張は採用できない。

(四)  原告は本件各第三次更正処分はいずれも更正権の乱用であると主張する。

一般に行政庁の再更正等が、当初更正の適否を廻つて争われている訴訟において行政庁が敗訴することを免れるために意識的になされたようなときには、更正権の乱用としてその効力が否定される場合があることはいうまでもない。本件において、各第二次及び第三次更正処分は、原告による各第一次更正処分の取消しを求める訴(横浜地方裁判所昭和四四年(行ウ)第八号)の係属中になされたものであること、右訴は、被告のなした各第二次更正処分(取消し)がなされたことによつて、法律上の利益を欠くものとして却下されたことは前記のとおりである。しかし、本件全証拠に照らしても、いまだ、被告が敗訴を免れるため意識的に本件各第三次更正処分(及びその前提手段としての各第二次更正処分)をなしたと認めるに足る証拠はないから、原告の主張は採用できない。

(五)  被告は各第三次更正処分の課税標準、税額等の確認は正当なものであると主張し、原告において明らかに争わないから自白したものとみなすべき、従つて各第三次更正処分は内容的、実質的には何ら違法はない。

三、以上のとおりであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判定する。

(裁判官 蕪山厳 青山惟通 青山揚一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例